学んだスポーツの動作を他人に教えると、運動の実力が下がる

スポーツ技術を高めるためには、本で勉強することは大切です。そうすることで、知識が蓄えられて、自分で考えられるようになります。

 

そこで、周りの人に自分の考えや意見を教えようとします。教えることは勉強したことを口に出すため、知識を定着させるのに良い効果をもたらします。

 

しかし、スポーツでは「教える」という行為によって、かえって実力を下げる可能性があります。ここでは、教えることによる弊害とそれを防ぐための心構えについて解説していきます。
 
 弓道の世界では人に「教える」と実力が下がる。
道場で弓を引いていると、指導者が射形を見て、以下のように指摘やアドバイスをします。

 

「引いているときの肩があがっているよ」
「弓を押すときはこういう風にするといいよ」
「〇〇と決まっているから、△△にしなさい」

 

一見すつお、普通の指摘かもしれません。しかし、指導者がこのような伝え方で他人に教えたとき、何日か経って「指摘した人の射形」を見ると、その人も他人に注意した部分ができていないことが多々あります。

 

教えている人の射形を観察していると、だいたい射形が崩れています。私は高校時代から弓道を続けて、あらゆる人の射の考えを聞いてきましたが、他人に教えるほとんどの人は実際にはできていませんでした。多くの指導者が口と実力が伴っていないのです。

 

口では他人に「もっと思い切り引きなさい」と教えます。しかし、引いてみると思い切りどころか、矢の放し方が見ててみっともない指導者がたくさんいます。

 

弓道の世界では、人に教えると実力が下がることがあります。その理由は、教えることで「わかった」と勘違いしてしまうからです。

 

確かに、自分の考えを持ってある動作が「わかった瞬間」があるかもしれません。しかし、人の体の状態や考え方は年々変化していきます。それなのに、一つの動作に対する考え方が変わっていないのは、その動作を深く考えていないことになります。

 

動きに「答え」はありません。家に帰って寝た後には、正しいと思っていた解釈と実際は異なることもあるほどです。

 

そのため弓道の世界では、たとえその動作の考え方や解釈がまとまっても、昔の弓道本や原書を読んで、自分の言っていることが正しいかどうかを精査する必要があります。

 

しかし、人に教えていると、その意見が答えであると信じ込んでしまうため、調べる努力をしなくなります。そうして、体の動かし方が変わらないまま、実力が下がってしまいます。

 

運動動作を勉強するとき、そこに何かしらの理屈や根拠があるとそれを正しいと信じ込んでしまいます。そのため、その考えで成功してきた人は、回りの人に自分のやり方を押しつけようとします。

 

教えることでさらにわかった気分になり、自分のことを信じて疑わなくなります。すると、自分のやっていることと実際の動きにギャップを生じて、思うように体を動かせなくなります。
 
 実体験を積み重ね、困った人に経験を伝えていく姿勢が大切
そのため、何かを教えるときの心構えをしっかり持つ必要があります。それは「困った人」にだけ、自分の経験を伝えていくことです。

 

私自身、これまで何十冊と弓道の本を読んできました。しかし、それを誰かに押しつけたり、正しいと思って伝えたりしたことは一度もありません。

 

ただし、私がインターネット上に公開している内容に興味を持っていただき、悩みを質問する人もいます。そのときに自分のやってきたことを細かく伝えるようにしています。

 

この場合、質問者は私の解答に対して真剣に返答をすることがほとんどです。これは、相手がじっくりと考えてくれたということでもあります。そのやり取りの過程の中で、新たな発見や自分の考えを改めさせる意見にたどり着くこともあります。

 

知識を他人に教える目的はここにあります。「良い教え」とは、他人に教えることで自分も変わることです。他人が困っていないのに知識や経験を話しても、意味がありません。それは、アドバイスではなく「押し付け」になってしまいます。

 

スポーツの内容を勉強して知識や考えがたまってきたら、困っている相手や求めている人に対してだけ伝えるようにしましょう。指導していく過程で自分も相手も考え方が変わり、さらにスポーツ動作を高める発想に出会うことでしょう。

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